囲碁上達のコツ

 碁は一体どうしたら上達しましようか、ソッと稽古をしておいて相手をアッといわしてやりた いが好案はないものだろうか、などの難問、奇問をしばしば受けるが、このくらい私共専門家を 弱らす質問はない。

 元来、碁の上達筋も書画、音楽、各種の運動その他万般の技量、才能の場合と同じく、重要な 要素は生来の素質というものがその根本をなしているので、たとえば良筆は生れつき、庭球や野 球の球戯でも選手になるには柔軟な体質、豊かな運動神径は、親譲りで万人が共通に持っている ものではない。
 この点から考えると碁の上達を志すには、まず父方と母方の系図を研究して掛ら なければならないが、さてこの遺伝性も何代目に出現してくるか判らない。たとえば私の家系で も、祖父は私に碁を教えてくれて相当の技量であったが、父は全くダメ、また私の子供にはあま り碁才がなく、次の孫にその幼芽が見られ、マア隔世遺伝ともいえそうだ。
 したがって自分の系 統に碁系が豊かだといっても安心はできないので、家系碁質の発現が問題になってくる。

 こんなことをいうと数百万の同好者の大多数はガッカリされそうだが、これはいわゆる専門家 の素質のことで幾万とか幾十万中の一人の者についていう場合だから、別に悲観するには当らな い。
 しかし、専門家になるには、この天性の素質と青少年時代における猛練習とが大成する二大 要因であることは断言できる。したがって、一般の同好の素人の方の上達に対しては素質があり 若い時から始めればそれは鬼に金棒であるが、一般的にはただ努力の度合如何の問題になってく ると思う。

 すなわち碁の上達法は、結局稽古なり研究に対する努力をいかにして能率的に実施するかで、 最少の時問と努力により最大の結果を挙げるエフイセンシーすなわち効果論になってくるのであ る。

 ところで興味ある挿話がある。徳川時代に碁ではないが、ある士が碩学荻生徂狭に学問の仕様 について質問したところ、その答に「古より帥友と申す事これ有り、師教よりは朋友の切磋にて 知見を博め、学問進め候事に候、当時大名高位の稽古埒明(らちあき)申さず候事、良き帥をば 引付、学び申され候へども、位高く候故明友これ無く、依って何芸も成就致さざる事、是れ明証 に侯」云々とある。さすが碩学の大理を述べた言として感心させられる。

 碁の上達への努力にも、これはやはり真理で、段位高い先生に就いても、万巻の書を暗んじて も、碁技は一向に進歩せず、市井のガリガリ石殺しのやからに会っては一たまりもなく飛ばされ てしまうのが普通である。

 碁は生きている。上達の一良策はまず碁友を持つことで、碁友も自分より多少強く一人より二 人、二人より三人と多い方がよく、その碁友との打碁を師に批評してもらい、書によって得た智 識を碁友に験してはじめて本物にすれば最善である。  

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